各研究グループの研究分担


2004年5月21日現在



(1)既存の民意の調整と集約の機能とその限界

(イ)党内民主と期待される民主諸党派の活動

 A 諏訪・楊グループ

 中国共産党は自らを、結党以来一貫して民主的な政党であると位置付け続けている。しかし、これを額面通りに受け取ることはできない。建国から改革開放初期に至る約30年の歴史に限定した時、「中国共産党は民主的政党だった」と主張するためには、少なくとも2つの条件を付すことが必要である。第一に、民主政治を行う対象は、労働者階級或いは農民階級に属すると党側が判断した集団内に厳格に限られていた点である(人民民主独裁)。そして第二に、そのような政治が行われたのは、1950年代のわずか数年間程度に過ぎなかった点である。
 結党80周年記念大会において、江沢民総書記(当時)は、「党内民主を発展させ、広範な党員及び各級党組織の積極性と能動性を充分発揮させることが、党事業発展のための重要な保証である」と述べた。また、第16回党大会政治報告(報告者江沢民)の中で、「党内民主は党の生命である」との認識が示されたのを受け、現指導部は、党の民主化をより一層推進する姿勢を示している。このような方向性は、四半世紀に及ぶ改革開放政策の結果、いわばその副産物として生み出された社会構造の多元化という現象を受けてのものである。そして、こうした構造変容期においても唯一指導政党としての地位を引き続き保つべく提起された、深い危機感の表明である。  本論では、以上のような基本認識に基づき、中国共産党と複雑化する中国社会の間に存在する「せめぎあい」に焦点をあてた分析が試みられる。第一の課題は、16大以降俎上に上った「党内民主」のいくつかの試みに対する具体的内容検討である。そのような試みとしては、党代表大会常任制の導入、党委員会全体会議の重視、選挙制度改革、「党内監督条例」試行などが含まれよう。そして、このような試みが、「領導(指導)方式と執政の方式の改革と改善」という党の政策目標実現にとってどの程度意義あることなのか、その有効性に関する評価を第二の課題とする。さらに、可能であれば、党内民主が党外に発展していく可能性(また、仮に可能性があるのであれば、その要件など)についても検討する。

 B 高橋・王グループ
 全球化――グローバリゼーションに直面して、中国共産党は「執政党」としての新たなガバナンス方式を模索している。かつての政治イデオロギーによる統治では立ち行かなくなり、あらたに「三つの代表」という政治理論を掲げて、あらゆる社会階層を包括する国民政党へと変容を遂げつつある。しかし、それは決して共産党の一党独裁の強化を意味するものではなく、むしろ共産党の生き残り戦略であり、社会内の諸勢力を政権内部へ取り込む方向転換である。
 今年2004年3月の全国人民代表大会で憲法改正が行なわれ、憲法条文に「“三つの代表”重要思想」が挿入された。また同時に開催された政治協商会議全国委員会で政協章程の改訂が行なわれ、新たに「中国共産党が指導する多党合作と政治協商制度はわが国の基本的な政治制度である」と「中国人民政治協商会議に参加する諸党派および無党派メンバーの団結と協力を促し、わが国社会主義政党制度の特徴と長所を充分に体現し発揮する」との文章が挿入された。
 これら共産党と民主諸党派の性質、および政協の機能に関する定義の変化は、中共のガバナンス方式の変容と民意の集約・調整方法の拡大を示している。それまで、共産党は「労働者階級の代表」であり、民主諸党派は「資本家階級の代表」であるとの構図を脱して、「三つの代表」によって共産党が「社会主義事業の建設者」である私営企業家の入党を許容することになり、少なくとも政党間に構成員による区別が実質的に消滅したのである。ここにおいて、今回の政協章程の改訂で初めて提起された「社会主義政党制度」の実態に関する検討と分析の要請が生まれた。
 「全球化」に対する中共の対応は、すでに江沢民政権誕生の時期から開始されていた。江沢民政権は民主化運動によって起こった1989年の天安門事件を契機に誕生した政権であった。その故にこそ、江沢民は脱一党独裁を指向してきたとも言うことができる。江沢民は政権発足直後の1990年には34万人だった民主諸党派メンバーを、江政権終了直前の2002年には58万人にまで増加させている。人民代表大会や政協、政府、法院・検察院に多くのメンバーが就く民主諸党派を拡大させることによって、非共産党政党を通じての意見表出を充実させようとしたのである。
 そして胡錦涛政権である。胡錦涛政権の治世はまだ一年が経過したにすぎないが、胡錦涛は歴代の共産党総書記の中で初めて新任の挨拶のために民主諸党派本部を訪れたことが知られている。胡錦涛国家主席と温家宝首相はそれぞれ個別に民主諸党派幹部とほぼ毎月会い、政策論議をしている。民主諸党派幹部によれば、それは国民に対して新政権が独裁的体質ではなく、幅広い意見を聴取しているという「親民感」をアピールする狙いと、改革を嫌気する共産党内の保守派勢力に対して改革の根拠を収集するためのものであるという。民主諸党派が共産党の党内民主を促進している状況をそこに看取できる。
 かつて民主諸党派は「翼賛政党」、また政協は「飾り物の花瓶」などと言われた。しかし、80~90年代にかけて中国でも国内外で高学歴を得た多くの優秀な人材が輩出され、彼らを有効に活用する必要に迫られている。共産党だけで彼らを吸収して立法府・行政府・司法府に配置することが困難になってきている現在、共産党・民主諸党派を問わず優秀な人材を政党員として取り込み、政治機構に配置するためにも、民主諸党派の拡大が推進されている。そして胡錦涛政権は民主諸党派の活動の場である政治協商会議の活性化も後押ししている。
 こうした新たな中国の政治動向を詳細に把握するためにも、民主諸党派および政協に関する研究の意義が見直されるべきであろう。


(ロ)台頭する人民代表大会

 浦・加茂グループ

 天安門事件直後の1990年3月に開催された党13期6中全会は、「党と人民大衆との連繋の強化に関する決定」と題するコミュニケを採択した。同コミュニケは、社会主義民主と法政建設を進めてゆくうえで「積極的に党と人民大衆との関係を深めてゆかなければならない」とし、「権力機関として人代に機能を発揮させる」必要性を提起した。以降、党は積極的に人代機能改革を展開し、その結果、近年の多くの報道が示すとおり人民代表大会は権力機関としての政治的地位を次第に高めている。
党は改革をつうじて人代が憲法によって付与される権限をより積極的に行使できるよう様々な措置を講じてきたが、同時に党は人代に対する領導の徹底と強化に取り組んできた。領導者である党の国家に対する領導を堅持し強化するためには、最高権力機関である人代が何の障害もなく「党の意思を国家の意思に置き換える」ことを確保することが不可欠であったからである。しかしながら、近年多く報じられているように、事前に党の承認を得たはずの国家機関の活動報告や提出された法律草案が否決されるなど、党の人代に対する領導は必ずしも徹底されているわけではない。
 党が自ら認めているとおり、党と人民との間で密接な関係を築き上げることは、国家に対する領導を実現する上で無視できない。それ故に人民の代議機構であり、かつ国権の最高権力機関である人代に対する党の領導が徹底されていないことは、党にとって決して看過できるものではないはずだ。そういえるとき、党の人代に対する領導の実態とその限界を描き出すことは、そのまま党の国家に対する領導の実態と限界を描くことであり、そこから現代中国政治の今後の展望を描く重要な手掛かりを得ることができるはずだ。
 本研究は以上の問題意識にもとづき、以下の点について研究を行なうこととする。
 (1)活発な人代(代表)の活動の実態。
 (2)人代(代表)の党領導受容の実態。
 (3)党員人代代表の意識に関する分析(党員人代代表と党議拘束)
 なお、本研究では人民代表大会制度の実態を検証するため、ひとつの県級市人代(上海市崇明県)を事例として取り上げ、実地調査を試みる。


(ハ)基層自治の新たな展開

 A 高原・夏グループ(都市部の研究)

 中国の都市では「社区建設」が進められる中で基層民主の推進が図られている。社区とはコミュニティの訳語であり、地域社会構成員の利益共同体を意味している。現在の中国では、国有企業の資産売却と人員整理が進められ、その所有、経営していた学校や病院などが企業から切り離された結果、都市住民は職場であり多くの場合生活の場でもあった「単位」との紐帯を失いつつある。中国人自身の表現によれば、計画経済体制下の「単位人」が次第に市場経済体制下の「社会人」に転化しつつある。そこで単位に代わって社会サービスを提供し、管理を行なう主体として近年注目を集めているのが社区である。
 もともと中国の都市には、行政の末端に連なる住民の「自治組織」として、居民委員会なる組織が存在した。多くの都市において、居民委員会を合併させ、新たに社区居民委員会を組織するやり方で社区は形成された。そして基層自治を強化するという建前のもと、社区居民委員会のメンバーは民主的な選挙で選出されることとなった。しかし、多くの都市で自治は名ばかりであり、相変わらず党の強いリーダーシップのもとに住民へのサービスの提供と住民管理が行われているように見受けられる。
 そこで、本セクションのねらいは、社区の実態に迫り、都市社会の新しい状況下において、社区にせよ党にせよ、民意の集約と調整という役割を果たしえているのか否かについて検証することである。社区建設の実験地区の多くは沿海の富裕な都市に設けられていたが、経済状況の悪い都市ほど市政府からの投入が不足し、社区の自治と自助努力を強調する傾向が強かった。その事情に鑑み、現地調査はなるべく内陸貧困都市で行なうこととする。また、社区建設の担当省庁である民政部門での聞き取りを行なうほか、月刊誌『社区』など、豊富な事例を載せる現地資料を精読する。

 B 賀・阿古グループ(農村部)
 中国の農村地域では1998年に「村民委員会組織法」が公布され、民主選挙で選出された村民委員会が中心となって村の公共事業を実施するという「村民自治」の基本的枠組みが構築された。しかし実際には、民衆の意向が十分に取り入れられることなく、地元の有力者を中心に事業が進められたり、不正や腐敗がはびこり、「上訪」(異議申し立て)が増加したりする事例が報告されている。
 先頃まで「村民自治」は民主化の象徴として注目されることが多かったが、実のところ、人民公社体制の崩壊による空白を埋める必要性から考案された「郷政村治」(郷鎮政府が行政管理を行い、その下に自治組織として村民委員会を設置)であり、村が独自に確保できる権限は小さい。「領導(指導)する」立場にあるとされる党組織との関係も複雑である。郷鎮政府は限られた財政能力の下、上級政府より数多くの任務を請け負っているが、そのまた請負をせざるを得ない村は、徴税、計画出産、義務教育などのノルマ達成に向けて、さらに困難な立場に追い込まれる。こうした状況から、郷鎮幹部や村幹部による「乱収費」(むやみやたらな費用徴収)が発生しやすくなっている。  現在試行的に実施されている農村税費改革は、「乱収費」による農民の負担を削減し、幹部-民衆間の対立構造を是正することを目標としている。しかし、改革により農民個人の負担は減ったが、地方財政は悪化の一途をたどることになった。各種の行政サービスが滞り、耕作放棄の増大、生活・生産インフラの老朽化など、農村地域の荒廃が急速に進んでいる。
 システムを上意下達的に導入するだけで「村民自治」は実現しない。各地の状況を踏まえた上で、実現可能な方策を考える必要がある。複合的に地域間比較を行う本研究は、そのための基礎データを構築することを大きな目標としている。
 中国は広大で多様な社会であり、農村地域といっても十把一絡げに議論することはできない。各地域の政治・社会現象を可能な限り現場の視点からとらえることが肝要であるが、本研究は(1)各種政策の実施状況、(2)村内部の経済・社会・文化に関する要素が政策実施に与える影響について、各地の状況を詳細に記録し、さらに各地域のデータを比較することによって、中国農村の全体像に深く切り込んでいく。
 現在、賀雪峰を中心とする中国側研究チームに阿古智子を中心とする日本側研究チームが参画する形で準備が進んでいるが、調査対象地域は中国で非常に典型的な農村地域だといわれる中部の漢族居住地域が中心である。日本側研究チームは、主に老人や女性など社会的周縁に存在するグループの生活サイクル、交流範囲、文化活動などに着目しており、今後、陝西省や湖北省を中心に調査する予定である。



(2)新しい民意の調整と集約の機能の模索

(ニ)「弱勢群体」の受け皿としての社会団体

 岡室・劉グループ

 2003年度民政事業統計によると、中国全土で14万2000の社会団体(社団)、12万4000の民弁非企業単位(民非)が正規民間組織として登録している。この他草の根団体の多数が非営利企業として工商管理局に登録し、また基層レベルでは、農村専業経済協会や社区内社団の動きが活発化している。総体としてのパイを拡大させている中国の民間非営利組織(民間組織)を「弱勢群体」の受け皿として捉え、その「民意の集約と調整の機能」を以下4つの側面の分析から議論する(今後の研究会での議論によっては焦点を絞り分析を行う)。
 1.「弱勢群体」代弁者の優勢と圧力:03年、民政部は「基金会管理条例(04年6月施行)」草案ヒアリングや、「寄付税制新機軸」フォーラムを開催し、一方民間組織による各種会議では現行民法にまで言及した非営利組織制度改革が議論されている。政府は「購買服務」政策などにより社会サービスの民間シフトを進めているが、一方で資源分配上の役割シフトを要望している。「弱勢群体」を受益対象とした民間組織の能動的機能をめぐる民間組織と政府との関係
 2.党建工作と組織の有効性:中国政府は社団、民非を党建工作の新たな重点領域の1つとして掲げているが、社会サービスの官民協働をすすめる上でのその儀礼性も指摘されている。
 一方で、工商登録をしている多数の草の根団体に対して、無視、黙認の立場がとられてきたが、グリーンオリンピック招致活動が本格化すると環境団体をとり込み、また、民間組織の能力建設が重視され始め、それを主要活動とする工商登録団体を支援する動きが生じている。民間組織に対する党建工作の実態と非正規組織への対応を分析する。
 3.公益と自己実現:登録上の制限は活動の禁止を意味せず、草の根団体にとって究極の課題ではなくなりつつあり、経験を活かし古参の草の根団体から独立、または新たな領域で起業し工商登録をする新世代団体が増加している。一方、河南エイズ救援活動等で波紋を呼んだ工商登録団体が官弁組織の団体会員として組織存続を決着させた事例など、タブーな領域に対する制約は依然として存在している。非営利活動を通じた意思実現を選択する新たな層とその制約を分析する。
 4.基層共益-「弱勢群体」再編:農村におけるマイクロファイナンスによる開発や農村専業経済協会では、自発的意思による参加と協同の重要性を強調している。既存の民間組織の枠組に入らず、民政部が法制化の重要課題として掲げる基層共益組織の実態を分析する。


(ホ)多元化する人民の意思表出の手段

 田島・王グループ

 「民族問題」として指摘される現象の多くは、実は政治参与、人権等をめぐる全中国的な現象の一環であり、必ずしもエスニシティーとは関係がない。政治改革が、政治領域における多元性を確保する形で進まないかぎり、少数民族や宗教が周縁化の危機から救われる可能性はない。無論、政治領域における多元性追求ばかりでは足りない。民主化が、かえって民族問題のひきがねになった例は、過去においても枚挙に暇がないからだ。政治領域の多元化が、社会の多元化、自覚ある市民階級の形成と平行してすすまなければ、民族問題におけるハードクラッシュにつながる危険性がある。政治と社会の、バランスのとれた多元化を進める中で、民族問題をどのように扱っていくのか。問題解決のかぎは、ここにあるように思う。この方面においては、研究の手がかりとして、中国に生まれつつある宗教系NPOなどに対する、フィールドワークも行いたい。


以上